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美ら海水族館に向かう海岸線に植えられたシュロの木の並木は地面が頑丈なのか? 倒木等の被害が全く無く安心して走行出来た。 
シュロ並木

美ら海水族館に着いた。 ミストスプレーに迎えられ、前回は大はしゃぎだった孫達は、今回は反応が低い。 
ミストスプレー2

水族館も同じく興味が薄れていると思いきや、大はしゃぎで吸い込まれていった。 
車に轢かれて2週間しか経っていない私は歩けない身なので、入らずに妻と一緒に海岸風景に浸りながらおとなしくどこかで休もうと思案した。

思い立って、館内敷地にあるエメラルド海岸に電気自動車で行く事にした。
電気自動車信子

電気自動車隆司

エメラルド海岸は、オフシーズンでもあり誰もいなかった。
エメラルド海岸

妻と二人でビールを飲みながら、限りなく青い海と白い砂浜を見ながらのんびり座っていたら、上下を赤い服装に身を包んだ人が挨拶しながら近寄って来た。
この海のセーフガードをしているのだという。

シーズンオフの為かその人も暇らしく、我々と色々な沖縄の話題で話し合った。
この時ばかりと美味しい焼酎の銘柄も聞いたりした。 兎に角、コンビニの人では一向に分からなかったからだが、その人は笑って言った 「そりゃそうだよ、皆が飲むわけではないから」 と。 我々は、稀有な人達?

話をしながら沖に目をやったら、沢山の船が北の方から南下してゆくのが見えるではないか。 その人に聞いたところによると、昨夜の台風が大きいという事が分かっていたので、台風が来る前に入り江の有る島に避難していて、今戻って来ってきているのだそうだ。
ここでも又、昨夜の台風が大きかった事を思い知らされた。

あっという間に1時間以上も話に耽っていた様で、 時計を見たら孫達の水族館から出る時刻がとうに過ぎているのではないか。 慌てて携帯で連絡をとったら、案の定出て来てた。 

そう言えば、昼食の場所を探しておいてくれと頼まれていたが、話混んで忘れていた。 孫達の腹の空き具合を考えると近場でなけりゃと、慌ててガイドブックを捲っていたら、Cafe CAHAYA BULAN という青い海に面したレストランという見出しに目が止まった。

皆と合流して告げた。 海に面した開放的な店というだけで、料理はどうなのか判らないが行ってみる事になった。 孫達の腹が騒がない内に着かなければと焦りながら!

ナビにセットして出掛けた。 ナビは狭い路地に案内していった! 大丈夫なのナビは?  そして行き止まりのちょっとした広場で案内終了だった。
広場の様で駐車場の様だが、値段を書いた看板がない。 私有地か? 他には、農作業用の小型ト車が1台だけ止まっていた。
勝手に止めて良いのかちょっと不安を感じたが、これだけ空いていたら誰にも、迷惑を掛けることもないだろうと勝手に解釈して駐車した。 
広場の周りは背の高い木がうっそうと立っていた。 どうも、レストラン等は全然見当たらない。 有る様な気配さえ全くなくシーンと静まり返っている。
フク木駐車場

皆で方々の木々の隙間から中を覗きながら探した。 私は、海に面したという文句を忘れて山側の方の木立の中を覗いたら民家だった!

その時、誰かの声が聞こえた。 「有った!」
見るとその表示は海側に向けた矢印だった。
チャヤブラン看板

反対側という事は分かるけど何処? レストラン等は見当たらないが?
良く見たら狭いけれど、木々の間に隙間が見えた。 
覗き込んでみると石を敷き詰めた階段が有った。
チャヤブラン石段

木々の間の階段を降りてゆくと
簡素だが清潔そうな入口が有った! 暖簾が掛かっているから和風料理なのか?
チャヤブラン玄関

入ってみてびっくり! 店内は簡素だが洒落た造り!
チャヤブラン店内

そして、前面は窓も戸も全て開けられ、真っ青なエメラルド海岸が目一杯広がっていた!
チャヤブラン前の海

その景色を遮る物は全く無し。 店の前の芝生の庭と道路だけが有るだけ! この雰囲気に大感激!
孫達はメニューを頼むのももどかしく、前の芝生へ、道路へ、そして海へと繰り出していった。
チャヤブラン孫1
チャヤブラン孫2
チャヤブラン孫3

メニューは沖縄料理だけと種類が少なかったが、頼んだラフティー丼は美味しかった。 景色が更に味をアップしてくれたことは間違いない!

食事を終えて落ち着いた頃、このレストランはガイドブックに載っている観光地 “備瀬フク木並木通り”がすぐ 脇にある事を初めて知った。

それじゃ〜! そのフク木並木の散歩に行こうと腰を上げた。
フク木並木看板

何処までも続くフク木の並木! 健康な皆はドンドン奥に入っていった。
フク木並木1 フク木並木2

だが、身体障害者の私はそうも出来ず入口で引き返すしかなかった。
途中、ある民家の入口で不思議な物を見つけ、失礼かとは思ったが写真に収めさせていただいた。
色々な丸いボールを糸で門にぶら下げて有ったのだ。 アートなのか、何かのオマジナイなのか?
アート玄関

シーサー玄関

そして中庭には、4体のシーサーがこちらを睨んで鎮座していた。
この珍しい玄関風景に、これが沖縄の伝統的な玄関なのかと勝手に理解して広場に戻って来た。

家族旅行―沖縄  その5 「本部町の編」終わり
一般道に入った。 道路表示が充実していないのでナビが頼りである筈だった。 
だがしかし、ナビを信頼し過ぎるのも危ない。 というのも、レンタカーのナビはいつも新しく更新されているとは限らないからだ。

海岸に沿っているのであろう、両側を木立で隠された道を走っていた。 
すると、ナビには表示されていなにも拘らず海岸に向かう大きな横道が見えて来た! 新道の様だ。 だがナビは直進の指示のままだ。
感覚的にはこの道がホテルに通じているのではないかと思っている内に、通り過ぎてしまった。
通り過ぎた後にナビを見たら、ホテルを左手にして通り過ぎ更に北上してホテルが遠ざかり始めていた。
こりゃ〜! ナビを無視しどこかで海岸に向かう道路に入らなければと、次に見つけた小道にハンドルを切った。

小道に入って直ぐ道路が二手に別れていた! え〜! どっち? そこには粗末な板切れに(失礼!)ナビに全く無い地名とも、人名とも分からない字が書かれていた。 
片方の地名はどうも個人名の様だ! だって、XX家 と書かれている。
それじゃ! 残る方だとばかり、他方の道に車を乗り入れた。 しかし、道がますます狭くなってきた。 選択ミスか?
まぁ〜! 間違っても沖縄から外へ出ていってしまう訳じゃないし、行ってみよう。 こりゃ〜、夕飯前のミニアドベンチャーだ!

山の中の細道を悪戦苦闘しながら進んだ。 突然目の前が急に開け、広い道路に出た。 この道、さっきの新道に継っているのじゃない? 

しかし遠回りした御陰で、色々な木立の中の細道を冷や冷やしながら走れて楽しめた? 運転する娘の夫君には悪いけど。

海岸沿いに南に戻った。 そして、ようやく海に突き出た半島に立つホテルが見えてきた。
これで目的地が確定したのでもう落ち着ける。 
それじゃ! 今夜の寝る前の楽しい宴会の材料調達だと、泡盛、つまみ等を買出しにコンビニに入った。 酒の物色で台風の事等はすっかり頭から消えていた。

ホテルのロビーに入った。
ホテルは最上階まで吹抜けになっており、その周りに部屋が配置された開放的なホテルだった。
インターコンチネンタル

貯めたポイントで取れる部屋は、万座ビーチの反対側になってしまうが、追加料金を払えば、変更可能とチェックイン時に言われた。
折角だからと追加料金を払って万座ビーチを見晴らせる部屋に変更。
又、予約時にはベッド1台追加も値段が変わらないとあったが、追加料金が必要だと。 そんなこんなで結構な追加出費に、気分が少し低気圧になった。
敵も商売を良く考えているわい。

さて、チェックインして部屋に入った。 目の前に広がる万座ビーチは、曇っていて映えない色ではあるが、晴れたらきっと真っ青な海を見せてくれるだろうと、期待が沸き上がる。 

景色を眺めて落ち着いた所で、気が付いた。 夕食をどうしようか?
まだ、台風が上陸してなさそうだ。 食事に行っている間に来ちゃったら?

さっと行って、さっと食べて帰れば良いんじゃないの? という事になり、スマホでグルメサイトを探し始めた。

沖縄では地図上で見るとどうしても何故か遠く見えてしまうのだが、距離を考えると結構短時間で行ける店が沢山有った。 その中に20分位で行けそうな、沖縄食材の店 「桃香」という料亭を見つけた。

そこには、“ 沖縄の“旬”が満載! プライベートを約束する個室・海の見えるカップルシート・テーブル席は7名様以上で個室にも。
コバルトブルーの海を眺めながら、スタイリッシュ空間で癒しのひと時を。 アグー豚しゃぶしゃぶ鍋・ゴーヤ天ぷら・近海鮮魚のお造り・懐石料理・純手打ち蕎麦・沖縄そば・黒毛和牛炙り寿司・沖縄産【車えび・ウニ】・河豚コース・牡蠣料理・・・“ と心を誘う素晴らしいばかりの文言が。

台風が来ない様にと祈りながら早速出かけた。
店は落ち着いた懐石料理の料亭の構えで、エントランスがセンス良く整えられていた。 更に良い事には情報の通り、個室となっていた。
これで、孫達の賑わいで他の客に、迷惑を掛ける心配せずに食せる。

料理はというと、又もや孫達の大好きな海葡萄、近海で取れたというマグロ刺身、ステーキ、お薦めの豚しゃぶ等々、最後に豚しゃぶのスープを使った雑炊。どれもこれも舌鼓をうつ十分満足のゆける美味しさだった。 
ちょっと高いけど! それだけの事はあった。

食べながら時折窓を通して、台風の具合をチェックしていたが、少し風が出てきた様だ。 帰るタイミングを逃したら大変だと、食後の団欒を止めてホテルに一目散。

ホテルに入って一安心し、ロビーでしばらく遊んでいた。 

やって来た、台風が!
シュロの木が強烈にしなり始めた。 我々は、絶好のタイミングで帰って来たようだった。
台風

本場の台風を経験するチャンスと言っていたが、男連中は泡盛を飲んでいるうちに眠くなって寝てしまった。 妻と孫達はというと、そんな事は関係なく夜が来るなり寝てしまった。

台風とは無縁に関係なく寝入ってしまった私は、朝に目が覚めるとベランダに出てみた。 少し強い風が吹いていた。 だが、青空が所々に見えた。

眠そうな顔をした娘が起きてきて昨夜の恐怖を語った。 誰もその時は信じられなかった。 だが徐々にその凄さを至る所で感じることになった。

昨夜、寝付くのを取り残された娘だけは可哀相に、ベランダのガラスが割れるような強風に恐ろしくて寝られなかったそうだ。 独り起きているのが怖くて仲間を求めてロビーに行ったら、他にも客がいたが分厚いガラス越しの台風の凄さに皆、圧倒されていたそうだ。 
朝、ホテルのスタッフに聞いたのだが、娘が危惧した様に、窓が割れた部屋も有った様だった。

ホテルの屋外プールは根が付いたままのシュロの木やらで埋め尽くされていた。 復興にどの位掛かるか見当もつかないという。 本場の人がそういうのだから、大分大きな台風だったのだろうと、少し分かってきた。

湾の向うの街を見たら、電気が来てないようだ。
朝食時に聞いて分かったが、ホテルは自家発電が稼働したので電気が点いているのだと。
レストランの窓ガラスは皆、シュロの木と泥がびったり張り付いて惨たんたるものだった。

駐車場に行ったら車が、泥まみれ。
掛りの人の話では、風力で車が移動していたとのこと。
幸い、レンタカーに対物保険を掛けていたので疵がついても保証の心配ないが、掛けていなかったらと思うと・・・! 大正解だった。

孫達の希望を取り入れ、美ら海水族館に向かったが、信号機はすべて停電。
大木が道路に沢山倒れてきていて非常に危険。 道路公団の人であろうか? 道路に倒れた木をチェーンソーで切断し除去をしていたが、至る所で起きているので、いつになったら復帰出来るのやら想像もつかない。

途中で水族館の前売り券を購入しようとドライブインに入った。 
中は真っ暗闇! 
停電

店の人に聞いたら、夕べの台風は凄かったと。 台風になれている人でも、そう言う位だから矢張り凄かったんだろう。
叔母さんが 「停電でアイスクリームが皆な融けちゃって、大損害だ」 と嘆いていた。 それは、何処の店も同じ事だろう。 沖縄全体で考えれば、アイスクリームだけでも、損害額は?? 

家族旅行―沖縄  その4 「台風到来」編 終わり
上海からの帰国後、出張の片付けもせずに明日の旅行の準備に取り掛かった。
天気予報をチェックしたら、何と明日台風が沖縄に上陸と有った!
「今回の旅行はどこまでも、ついていない! 行くなという天の仕業か?」 と思いたくなる!
でも我々の家族には晴れ男、晴れ女がついているから何とかなるか?

出発の朝、 羽田空港に全員集合した。
チェックイン時、Jクラスの座席が無いか聞いた。 流石に、7人という大勢では無理なことだった。 乗って見て分かった事だが、Jクラスの席は少ししか無かった。 取れないはずだ!

チェックインカウンターで言われた。 「台風の影響で引返す事も有りますので了承して下さい」 と。 
引返すといっても、どこまで戻るのかな〜? まあ〜、じたばたしてもどうしようもない、兎に角行ってみようと腹を決めた。

羽田空港は台風の影響ではないだろうけど、雨がパラつきだした。
雨の羽田
 
いやな予感!
「台風が沖縄に上陸するという予報だけど、晴れ男&晴れ女がいるから大丈夫だよね?」 と問いかけた。 晴れ女から真面目な返事が返ってきた。
「う〜ん、台風まではちょっと厳しいかな?」

「台風が来るんじゃ、今日の行動は現地に着いてから考えよう」 
「最悪はホテルに直行してホテルでくつろげばそれはそれで良いんじゃん」 と、元来こういう時にだけは脳天気になる私達は、運を天に任せて機上の人となった。

乗って、直ぐに事故に遭ったお尻が痛み出した! 狭いエコノミークラスの座席では体を捩って痛みを和らげる事も出来ない。 たった1時間半の我慢! 昨日は3時間のフライトを我慢出来たのだから何とか我慢と言い聞かせて目を閉じた。

機は、台風の影響を感じさせず雲の上を飛行を続けた。 時折、気なって外に目をやるが雲の上の飛行なので地上の状況は分からない。

しばらくして機内アナウンスが有った! 戻るアナウンス? と一瞬案じ次に来るアナウンスに真剣に耳を傾けた。
それは取り敢えずの心配を吹き飛ばしてくれる、 「飛行機が着陸体制に入る」 という知らせだった。 しかし、着陸出来るとしても、矢張り天気が気になって窓の外に目が行ってしまう。 
那覇空港に近づいた! 「ん! 雨が降ってない?」 
「海上は波立っていない!」 「台風がまだ来てないのか?」 
晴れの那覇

空港に降り立った。 ラッキー! 雨、降っていない! 風も吹いていない!
晴れ女、晴れ男の神力発揮か?

フジレンタカーが用意したバスで空港からレンタカー会社に向かった。
レンタカーの借用の手続きを終え車に乗って安堵した瞬間、孫達の空腹の騒ぎが起こりそうな気配が感じられた! 昼はとうに過ぎていたので、騒ぎが始まる時間だ。

車を走らせる一方、レンタカー会社で頂いたパンフレットで、空港近くのレストランを探した。 その間、車はその辺を宛も無くさ迷い続けた。

孫達の騒ぎが起らない内に何とか着かなければと、大人たちは皆焦った。
ようやく良さそうなレストランを近くに見つけた! 

そのレストランは 「那覇亭」 といい、沖縄そばと琉球料理で人気が有ると書かれていた。 兎に角急がなくては!
那覇亭

広い店内だったが、沢山のお客で埋まっていた。 皆な、パンフレットを見て来た口かな?
いや、地元の人らしきお客も居た! 期待出来そう!
運良く席が空いた!
混雑の那覇亭

芸能人の色紙も壁に掲げられていた。

先ずは、孫達の口を防ぐ事が最も大事と、大好きな海葡萄を大至急で頼んだ。
海葡萄

次は、大人たちの番。 沖縄料理といったら大きな豚肉が乗ったソーキそば! 初めて見た時は、その肉の大きさにどうかぶりつこうか一瞬考えてしまったものだが。
ソーキそば

それから、娘が食べたい! と頼んだ島ラッキョウ。
出てきた! 特殊な物かと思ったが、対して何も変わりがない!
言われて食べてみた! いや〜! こりゃイケル、香りが良い! 
失礼しました。
島らっきょう

最後に店のサービスだと言って出されてきた、伝統郷土菓子のサーターアンダーギー(小麦粉、卵、砂糖を混ぜ合わせ油で揚げたドーナッツ風)
これは、ちょっとイマイチかな?
折角出してくれたのだから、失礼と無理して頬張るのだが、ちょっと大きすぎる。 皆は、手を出さない。 私一人ではきつ過ぎ、最後にはギブアップ。
アンダギー

昼食を摂ったら、台風の来ないうちに万座ビーチに有るANAインターコンチネンタルホテルに入ろうと、沖縄自動車道に乗りひたすら北上した。
そして、屋嘉ICで一般道に降りた。

家族旅行―沖縄  その3 「出発そして無事到着」編 終わり
旅行出発への苦難の道は一か月前から怒涛のごとく押し寄せてきた。

事の始めは、4月26日。 出張で上海に居た時だった。 
山形で気丈に一人暮らしを続けていた母が脳梗塞で倒れ入院したという知らせが入ったのだ。
27日に、上海から単身赴任先の東京へ、そして自宅がある茨城へと移動し、
28日に車で山形に駆け付けた。
そして病状が安泰し、完全看護という事で5月3日に、茨城に戻った。

ところが、翌日の5月4日朝、家族の様に親しくしていた知人の叔母さんが亡くなったという電話が入った。 その葬儀を終えて5月8日に単身赴任先の東京に戻った。

翌日の5月9日、食事を殆ど摂らなくなっていた義父が、脱水症状で緊急入院したという知らせが入った。

この様な状況では旅行どころではないな〜! もし旅行中に実母、義父の症状が急変でもしたらと思うと、恐ろしくなる!

そこに更に追い打ちが押し寄せた。
その週の5月13日(金曜日)の事だった。 今度は私が右側の腰から足にかけて車に轢かれてしまったのだ。 診断の結果は、骨に異常が無く1週間絶対安静という事だった。 でも、足が腫れあがり激痛に見舞われてしまった。

私が行けないのなら旅行は辞めようと皆が言った。 一緒に行きたいという皆の気持ちは痛いほど分かっていたが、行ける望みは絶望に近かった。

一方、出発の2週間前の事なので、既に支払い済の航空券やホテル、それにレンタカー代はもうキャンセルも出来ないので全てそのままにするしかなかった。

事故の4日後には、中国 四川省の山奥に有る西昌での契約打合せが控えていた。 直前の事だし重要な打合せ故に、延期出来る筈もない。
やむを得ず、目が眩む程の痛みに耐えながら、1週間の出張を終えてよれよれの状態で東京に戻ってきた。
しかし帰国後、これなら皆とアクティブな行動は出来ないとしてもホテルで安静にしていれば旅行に参加だけは出来、皆の楽しみを潰さずに済むのでゃないかという、微かな望みが芽生えてきていた。
幸い、実母も義父の様態も安定している。

ところが翌週、上海に来てくれとの強い要求が客から来た。 1日でも良いからと。 でも、往復に各々1日、打合せに1日取ったのでは、28日の出発には到底間に合わない。 
その時は現地合流する? 上海から沖縄に直行するフライトは有るのだろうか? 調べたら有った!

往復と打合せを2日間で行って来れないか?
打合せを最短にすべく、26日の午後のみに短縮してもらった。
しかし、もし26日半日で終わらなかったら・・・ と心配が尽きない。
兎に角、26日は遅くなっても絶対終わらせ、27日に帰国しよう。 駄目なら現地合流にと心に決めて26日早朝上海へ飛び立ち、客先の会社に直行して午後の打合せ臨んだ。 遅くまで掛かったが終わった!
がしかし、ホっとしたのも束の間、打合せ結果を折り込んだスペック修正をして、今回サインしたいと言い出した。 
「そりゃ〜無理!」 と言った。 皆が旅行の準備をしている姿が目に浮かんだ。 しかし、客も惹かなかった。

「最終便で帰国出来るフライトに間に合うようにするには?」 と、
明日のスケジューリングを必死に頭の中で練った。 そして答えた。

「明日朝、9時まで訂正スペックを持ってくるから、直ぐサインしてくれる?
11時には終了させたい」 と申し出た。
お客は 「勿論」 とホッとした様な様子で頷いた。

その夜、必死で訂正スペックを作成した。 訂正終了は深夜になった。 プリントしようとUSBメモリーにデータを入れてホテルのビジネスセンターに行った。 しかし、又もや何題が! ホテルのPCはバージョンが低くてデータを開けられない! かと言って、私のPCにはホテルのプリンターのドライバーが無い! インターネットからドライバーをダウンロードする? 
いや〜! もう大分夜が更けていて気が遠くなる!
こうなったらプリントする時間が心配だったが、客にプリントを頼むしかないと腹据えて、その夜は床に就いた。

翌朝客先の会社に出るなり、事情を説明しプリントを頼んだ。 日本と違って高速でプリント出来ないのは分かっていた。 プリンターにソーターが無かったら、大分時間が掛かるが、どうなのか?
出来上がるのをジリジリしながら待った。 何度、机の下で腕時計を見ただろうか。 

ようやく、スペックが印刷から上がって来た! 10時をとうに過ぎていた。
必死に、サインのペンを走らせた。 サインを終了した1式のスペックを客に渡し、サインをお願いした時には時計の針は11時に近かった!

「終わった!」 私が2式全てのスペックのサインを終了した時は、客は末だ1式も終わっていなかった。 客の方はサインが遅い上に4人もサインに参加するから当然だった。 でも、私の意を汲んで一生懸命ペンを走らせてくれた。

1式の客のサインが終わった時点で私は申し出た。
「客のサインが終わった1式を頂いて帰るので、客控え用スペック1式のサインは、ゆっくりとやって頂いて結構ですよ」 と。

時刻は11時を30分過ぎていた。
そそくさと身支度をし、気がかりだったがまだサイン中の客を置いて会議室を後にした。 
廊下を早く歩こうと焦るが、内出血で棒の様になった足が思う様に動いてくれず、足を運べなかった!
玄関では、いつもお世話になっている、M商事の 安全且つ虎ドライバーの呉さんが待っていた。
運転手さんは言った。 「時間は大丈夫だよ!」
朝からずーっと緊張しっぱなしだったが、運転手さんのその一言でようやく解けた感じだった。 会議中は必死だったので足の痛みを忘れていたが、緊張が解けた瞬間に急に座席に接するお尻に強烈な痛みを感じ出した。

と同時に、終えたという達成感と、これで皆の楽しみを壊さないで済むという安堵感一杯で帰国の途についたのだった。

その2 「苦有れば楽有り? それにしても酷過ぎ」篇 終わり
2月になった。 例年の如く言われた!
「今年も家族旅行行くのでしょう」
「ハワイより、沖縄の方が良いな〜! 楽で!」

楽で〜! って〜?
ハワイだって結局、計画、アレンジ、喋る方も実行するのは娘と私が主で、皆は参加するだけじゃないの? 
こんな事言うと、妻に叱られるか? 「金は私も出しているでしょ!」って。

でも、確かに沖縄は良かったなあ〜! 近くて、海が綺麗で!
という訳で、今年も沖縄を計画しようという事になった。
参加陣容は、私達夫婦、長男、娘夫婦と孫2人(5歳と2歳)の合計7人だ。

出張で貯まった、クラウンプラザホテルのポイントを調べてみた。 それからそのポイントで泊まれる沖縄のホテルと。

このポイントで宿泊出来る最高級のホテルに、万座ビーチ独り占めの ”インターコンチネンタルホテル” が有った。 しかし貯まったポイントで取れるのは、2部屋2泊だけだった。 
告げたら、
「そんなに短いんじゃ〜行った気がしないよ!」 と即座に言われた。
「そんなに長く行ってたら、帰って来た時に会社の椅子が無くなってるぞ!」
と言ってみたが無駄! 

それではと、更に2泊を追加する為に、JALのホテル ”日航アリビラ” をJALのマイレージで取れないか調べた。
沖縄への7人分の無料航空券を手配してもかなり余裕が有ったので、これを充てることとし、皆に報告した。

4泊5日という期間には即、賛同を得た。
次、ホテルだ。
インターコンチネンタルホテルと日航アリビラと告げた。
即座に、言われた!
「お父さんは、安宿ばっかりを探すんだから!」
そしてこうも言われた。
「ホテルは、この前に泊まったブセナテラスがいいな〜!」 とも。
「えっ〜! インターコンチネンタルホテルが安宿だって? 超一流のホテルだぞ! それに万座ビーチの真ん前だし! 日航アリビラだって人気の有るホテルだよ!」 と言っても分かってくれない。 知らないのだからそうなってしまうのかな〜!
ホテルにはとても煩い御人が口を出しかけたその時に、娘が割って入った。

娘は家族一同に情報通で通っている。 クチコミや、色々な情報を仕入れているから、皆な娘の話には耳を傾けるのだ。

娘は言った。 「人気の有るホテルで良いホテルだよ!」
この一言で、決まった。 同じ事を私は言ったのに、何なのだよ、やれやれ!
期日は、前回と同様に沖縄の梅雨入りの6月始め頃と決まった。
この期間は、オフシーズンで空いていて且つ、海に入れる暖かさだ。 それに統計的にこのシーズンは台風も直撃しない、筈だった。

次の大きな問題は、JALのマイレージによる特典航空券の取得だった。
というのは、7人も一緒に取れるか?
JALのホームページ(HP)で調べたら、予約は2ヶ月前だとの事で、その期日を忘れないように心に留めたのだったがしかし残念なことに、ダイヤモンド会員だけは2ヶ月半前から予約出来るのだという事を後になって知った。 
これを知っていたら後に述べる様な苦労はせずに済んだだろうに。 矢張り情報収集は大切だと又もや後悔したが、その時は既に遅かった。

5歳になる孫の幼稚園の行事の関係で、5月28日(土曜日)から4泊5日とスケジュールが確定した。 
そうなるとすると、マイレージによる特典航空券の申込み日は、平日の金曜日の朝9時半となる。 それじゃ、私は会社に出ているから、とてもじゃないけど予約申込みは無理と諦め、娘に委託した。

予約申込み日の朝、娘からの予約状況通知の電話が来た。
危惧したとおり、娘が朝一で申込んだ時には5月28日の朝8時頃のフライトは7人分は取れないとの事だった。
それじゃ兎に角、確保が第一として、8時半頃のフライトで取れる3人分を確保し、あと4人分を次のフライトで取り、那覇空港で落合うしかなしとして、2班に分けてとった。

出発まで1ヵ月と迫った頃だった。 念の為に、JALのHPで特典航空券の予約状況を確認していた時だった。
何と! あれ程一杯だった8時半のフライトに空きが出ているではないか。
そりゃ、嬉しかった! だって、出発から離れ離れになってしまうのは一緒に行けない様な気分になりはしないかと心配していたのだから。 早速、元々確保していた3人分の席から離れてはいるが4人分の席を確保した。

その後、娘はこの事情を知って何度かHPを調べていたら、更に空きが見つかり7人分を一箇所に纏めた席を確保に成功!

フライトが確定したらあとは、レンタカーの準備だった。
前回は小型2台準備したが、遠出する以外の外食等には酒の飲めない人を少なくする為に、小さい車1台に無理やり押し込んで出掛けたもので、これなら1台にすべきだったとの反省から、今年は大きい車、1台にしようと探した。 
でも、余りにも大きくてミニバス並みになったら、運転する人が大変!
とはいえ、適当な大きさの車が無く8人乗りのトヨタBoxyがやっとだった。

フジレンタカーをインターネットから探し出した。 
クチコミでも評判は悪くない様だし、JALのマイレージも付くという。
又、返却時にガソリンを満タンにする煩わしさが無いという良い条件にも拘らず、結構な安さが魅力だった。

さあ〜! 予約が必要なものは全て整えた。 あとは、出発を待つだけだと、皆当日を心待ちにしていた。

しかし、この旅行の為に払った努力を無にして仕舞いかねない事が次から次へと降り掛かって来たのだった。

その1 “アレンジ篇” おわり